「聴くことの本質:ノート3 — 空間」

「聴くことの本質:ノート3 — 空間」

ラフィ・マーサー

I. 楽器としての部屋

私たちが耳にする音ひとつひとつは、空間によって形作られています。大聖堂で鳴るトランペットの音色は、地下室で鳴るものとは異なります。ささやき声も、大理石の上を伝わるのと、ベルベットの上を伝わるのとでは、響き方が異なります。音楽とは、単に演奏されるものだけではなく、それがどこで演奏されるかという点も重要なのです。空間は目に見えない楽器であり、あらゆる演奏を形作るパートナーなのです。

リスニングバーに足を踏み入れれば、その違いを即座に実感するでしょう。レコードは自分が持っているものと同じで、ターンテーブルも見覚えのあるものかもしれませんが、体験は一変します。なぜでしょうか? それは、その空間が音響的に調整されているからです。スピーカーの配置、カーテンの重さ、木製パネルの寸法――これらすべてが相まって、音を「聞く」だけにとどまらない空間を作り出しているのです。音は「感じる」ものとなるのです。

空間は単なる背景ではない。空間そのものが本質なのだ。聴くことを理解するためには、レコードと同じくらい、その部屋の音にも耳を傾けることを学ばなければならない。

II. その間の沈黙

「空間」とは、単に物理的なものだけではありません。それは時間的なものでもあり――音楽に息吹を与える、その間や休止、隙間なのです。空間のないメロディーは混沌へと陥ります。間のないリズムは機械的になってしまいます。音楽に形を与えるのは、まさにその隙間、つまり「余白」なのです。

日本の美学において、これは「間(ま)」と呼ばれる。意味を内包する間や空白のことだ。リスニング・バーでは、至る所に「間」が存在する。レコードが再生される前の静寂。A面とB面の間の隙間。音楽に集中しなければならないため、誰も話さない瞬間の息づかい。こうした空間は「不在」ではなく「存在」そのものである。それこそが、聴くという行為の構造なのである。

「リスニング・バー」での生活を送るということは、こうした間を大切にすること――つまり、空間を音楽として捉えることなのです。

III. 耳を傾ける壁

「リスニング・バー」の論理を辿り始めたとき、壁は決して受動的な存在ではないことに気づきました。壁は「調律」されているのです。木は温かみを吸収し、ガラスは鋭さを反射し、布はエッジを和らげます。それぞれの表面が、共演者としての役割を果たしているのです。

渋谷のJBSを思い浮かべてみてください。棚にはレコードがぎっしりと並んでいますが、その棚自体が吸音パネルとなっています。音が拡散され、残響が抑えられ、親密な空間が生まれているのです。あるいは四谷のEagleでは、分厚いカーテンが店内をまるで繭のような空間に変えています。また、Studio Muleでは、コンクリートの壁が低音に独特の重みを与えています。壁そのものが音響システムの一部となっているのです。

「聴く」ということは、単に話者のことだけを指すわけではありません。それは、音があなたの耳に届くまでの道のりで、何に出会うかということなのです。

IV. 空間としての距離

「空間」とは、距離のことでもあります。スピーカーの配置、椅子の位置、そしてシステムと聴き手とで形成される三角形。リスニングバーでは、これらはすべて意図的に設計されています。スイートスポットは計算され尽くしています。聴き手はどこでもなく、特定の場所に座ります。そしてその位置から、サウンドステージが広がり出します――目に見えない風景の中に楽器が配置され、それぞれが独自の位置を占めているのです。

「聴くこと」を学ぶということは、このサウンドステージを把握することを学ぶことなのです。単にメロディーを聴くだけでなく、各楽器の位置関係――左にピアノ、右にサックス、中央にしっかりと据えられたベース――を聴き分けることです。音楽は平面的なものではなく、空間的なものです。そこには幅、奥行き、高さがあります。それに気づけば、3次元で音楽を聴き始めることができるようになります。

V. サウンドスケープとしての都市

しかし、空間は部屋だけにとどまるものではない。街そのものが音響ステージなのだ。雨に濡れた舗道に響く足音のリズム、通り過ぎる車のドップラー効果による音の変化、駅のアナウンスがタイルに反響する様子などを思い浮かべてほしい。これらはすべて、空間によって形作られる偶然の作曲なのである。

街角での生活は、私たちにそれらの音に耳を傾けることを教えてくれる。路地が音を絞り込んで親密さを生み出し、広場が音を広げて開放感をもたらし、公園が音を和らげて静けさへと変える様子に気づくのだ。街は、空間の交響曲となる。

VI. プロデューサーのスペース

優れたプロデューサーは空間を思考の基盤とする。ブライアン・イーノのアンビエント作品は、遠さと残響が織りなす風景そのものだ。キング・タビーは、エコーやディレイを用いて果てしない奥行きを生み出し、ダブを空間操作の実験場へと変えた。テオ・マセロは、マイルス・デイヴィスの音源をコラージュのように編集し、沈黙とリバーブによって録音そのものの中に新たな空間を切り拓いた。

深く耳を傾けると、こうした選択が聞こえてくる。プロデューサーが、リバーブを使って声を広げ、コンプレッサーで声を身近に感じさせ、ディレイで時間を引き延ばしていることに気づくのだ。空間は単なる背景ではなく、一種の技法である。レコードは建物であり、プロデューサーはその建築家である。

VII. 家庭内の空間

では、自分自身のリスニングにおいて、どのように空間と向き合えばよいのでしょうか。まずは部屋から始めましょう。スピーカーの配置や、壁面、家具の配置などを試してみてください。カーテンを閉めたり、ラグを敷いたり、椅子の位置を変えたりすると、音がどのように変化するかに注目してください。部屋を楽器のように扱い、耳を頼りにその「音」を調整してみましょう。

そして、その「間」を静寂として味わってみてください。あらゆる瞬間を音で埋め尽くそうとする衝動に抗いましょう。「再生」ボタンを押す前に、ひと息ついて静寂を感じてください。あるアルバムが終わるのを待ってから、次のアルバムを始めましょう。その「間」を大切にしましょう。

最後に、空間を「距離」として捉えてみましょう。一か所に座り、注意深く耳を傾けてください。音場を描き出してみてください。楽器が部屋の中でどのように配置されているかに注目してください。そうすることで、聴くことが単調なものではなく、建築的な体験へと変わります。

VIII. なぜ宇宙が重要なのか

結局のところ、空間が重要なのは、音楽が実体を持たないものではないことを私たちに思い出させてくれるからです。音楽はこの世界に存在し、物質や壁、そして沈黙と相互作用しています。音楽を単なるデータとして扱うことは、この点を見落としていることになります。空間を受け入れることは、音が物理的なものであり、関係性を持つものであり、環境によって形作られるものであることを思い出すことなのです。

「リスニング・バー」は、この真実を如実に体現している。そこでは、空間がいかに楽器となり得るか、沈黙がいかに音楽となり得るか、配置がいかに意味を持ち得るかが示されている。そして、音楽をその建築へと還すのである。

IX. コーダ

『リスニングの要素』シリーズは、『沈黙』から始まり、『待ち』へと続きました。そして今回、『空間』が登場します。これら3つが一体となって、三つの要素を形成しています。すなわち、枠組みとしての「沈黙」、リズムとしての「待ち」、そして構造としての「空間」です。それぞれが「聴く」という行為を深め、私たちを単なる「消費」から「体験」へと導いてくれます。

今夜、レコードを聴きながら座っているときは、その「空間」に意識を向けてみてください。部屋の中の空間、音楽の中の空間、そして聴いているときの自分自身の内側の空間です。音がその空間にどう宿り、形を変え、その姿を明らかにしていくかに注目してみてください。

これが「聴く」ことの3つ目の要素だ。豊かさでも、即時性でもない。それは「空間」――音楽を現実のものとする、目に見えない楽器である。

ラフィ・マーサーは、音楽が重要な役割を果たす場所について執筆しています。「Tracks & Tales」のその他の記事を読むには、 こちらから購読、または こちらをクリックして続きを読む

 

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