コクトー・ツインズ – 『トレジャー』(1984年)

コクトー・ツインズ – 『トレジャー』(1984年)

ラフィ・マーサー

針がレコードに落ちると、そこから流れ出すのは従来の意味での「曲」ではなく、ある種の雰囲気――まるで午後の光を浴びたステンドグラスのようにきらめく、残響を帯びたギターの音色が滝のように溢れ出す。その中心で、エリザベス・フレイザーの歌声が響き渡る。音節はぼやけ、時には聞き取れないほどだが、時には胸が締め付けられるような鮮明さで耳に突き刺さる。1984年に4ADレーベルからリリースされた、 『Treasure』 は、今もなおコクトー・ツインズの中で最も愛されるアルバムの一つであり、時間やジャンル、さらには言語そのものを超越して存在しているかのような作品だ。このアルバムを聴くことは、物語を追うというよりは、文字通りの意味ではなく感情的な論理で成り立つ夢の中に身を置くような体験である。

ロビン・ガスリーのギター・プレイがこのアルバムの特徴を決定づけている。コーラス、リバーブ、ディレイが幾重にも重なり合い、広大な音響の大聖堂を創り出し、光と影が脈打つようなきらめくテクスチャーを生み出している。新メンバーとして加わったサイモン・レイモンドのベースは、そのテクスチャーをメロディックな重みでしっかりと支えている。そして、そのボーカルがそれ自体でひとつの宇宙を形作っているフレイザーがいる。アルバム『 『Treasure』では、彼女はしばしばグロソラリア——失われた言語のように響く、作り出された音節やフレーズ——で歌っている。しかし、その感情的なインパクトは即座に伝わってくる。意味を飛び越えて、感情そのものに突き刺さるのだ。「Lorelei」、「Persephone」、「Pandora (for Cindy)」といった楽曲は、何も描写していない。それらは喚起し、包み込み、そして心に深く刻み込まれるのだ。

レコードで再生すると、 『Treasure』 はまさに啓示そのものだ。アナログならではの温かみがガスリーのギターの鋭さを和らげ、音の重なりを有機的で生き生きとしたものに感じさせる。フレイザーの歌声は遠くからではなく、今ここに存在し、具現化されたかのように響き、時には耐え難いほど親密に感じられる。 リスニングバーでこのアルバムを聴くと、空間は夢幻の世界へと変貌する。会話は次第に途切れ、グラスは手つかずのまま置かれたまま、聴き手たちはきらめく霧の中に引き込まれていく。このレコードは、儚くも雄大で、親密でありながらも広大であり、そのパラドックスこそが、まさに人間らしさを感じさせる。

何が 『Treasure』 が長く愛され続けている理由は、それが「固定化」されることを拒んでいる点にある。分析すべき歌詞もなく、解き明かすべき決定的な意味もない。 その代わりに、このアルバムは開放感、つまりリスナーがそれぞれの記憶や感情を投影できる空間を提供している。それは、音色や質感、そして音そのものの形に耳を傾ける――つまり、これまでとは異なる聴き方を教えてくれるアルバムだ。その影響力は計り知れず、シューゲイザー、ドリーム・ポップ、ポストロック、アンビエント・ミュージックにまで及んでいるが、誰もこれを真に再現することはできなかった。今なお、このアルバムは唯一無二の存在であり、それ自体がひとつの世界を形成している。

公開から数十年が経った今、 『Treasure』 は、今なお時代を先取りしているように感じられ、まるで別世界から囁かれた秘密のようにも思える。針を落とせば、その部屋は残響の大聖堂と化し、フレイザーの歌声は、炎から立ち上る煙のように、ガスリーのギターの音色の上に舞い上がる。これは単なるBGMではない。それは「体験」そのものであり、そこに身を置き、没入し、身を委ねることを強く求めてくる体験なのだ。

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